SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

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夕焼の中の屠牛場牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛

木村半文銭 (渡辺尺蠖監修・一叩人編『新興川柳選集』、たいまつ社、1978年)

 昭和11年の作。屠殺される牛の列が視覚的に再現されている。十五年戦争の半ばにあって、やがて訪れる破局を予感される読みもありうるが、この時点では戦争のみの比喩というよりは、苛烈を極める人間社会そのものの喩として読む方が適切だろう。この当時鶴彬・森田一二との論争の中でプロレタリア川柳の内容主義を痛烈に批判していた渦中の半文銭からすれば、この句のような表現のメソドロジーこそが批評であり実践であった。

 後世の我々にとっては加藤治郎の短歌〈にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった〉が共起されるが、この歌に半世紀以上先駆ける形で生まれた半文銭のこの句の夕焼は、花山周子が加藤の歌を評して言った「戦争の主体としての「人間」を俯瞰するような異空間」(砂子屋書房「日々のクオリア」、2019年5月6日)という言葉を、そっくりそのまま包み込んでいるように感じられる。