森下菊が俳句同人誌「円錐」第百七号(二〇二五年十一月十五日発行)に発表した「清水かおりと「川柳木馬」」は、この一句を、高柳重信の「沖に/父あり/日に一度/沖に日は落ち」と並べて読んでいる。川柳と俳句という別々のジャンルの句が、なぜ響き合って見えるのか。森下はその理由を、堺谷真人の言う「収斂進化」(異種の生物が、同様の環境下で似た身体的特徴に行き着く現象)を借りて説明する。清水の句と前衛俳句が似てくるのは、影響関係ではなく、高度経済成長と…
全文を読む評:石山ふね
平岡直子『Ladies and』
人間の脈はふたつ。動脈と静脈。そのうちどちらが誕生日っぽいだろう。 理科の教科書をひらけば、だいたい動脈は赤色、静脈は青色で描かれている。酸素が多い動脈血と、全身をめぐって酸素が減った静脈血を対比するためであろう。 そもそも「変よ」と断言できる「静脈」はどんな静脈なのだろう。この句を目の前にすると、つい静脈と誕生日の距離について考えてしまうけれど、実は考えるべきは「変」と「誕生日」との関係なのかもしれない。
全文を読むサンドイッチの具材にしては、そのままの知能犯は細長すぎるか塊すぎて食べにくいから、うすくスライスしたりほぐしたりペースト状にして塗ったほうが食べやすいのにな、とまで読んで、〈挟みたい〉のだから食べたいかはまだわからない。このパンはバネ式のネズミ捕りとかトラバサミとかの罠で、あくまでパンで知能犯をたくさん捕まえたいのかも。知能犯の裏をかくためのパン。知能犯を捕まえるんだから警察っぽいけど、実際に捕まえる立場でなくともパンに挟まっている知能…
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