許されたあとも立ちたい良い廊下
雨月茄子春『川柳句集 おともだちパンチ』(私家版、2025年)
むかしは電車で煙草が吸えた、ということと同じように、むかしは教育の一環として廊下に立たされることがあった、ということが都市伝説のように語られるのかもしれないし、実際もうそうなっているのかもしれない。わたしは教師に廊下に立たされたことがあるし、ベランダに出されて鍵を閉められたことがあるし、胸ぐら掴まれたこともある気がしている、それはわたしだけのことではない、そういう最後の世代なのかもしれない、96年生まれ、わたしたちにした教育を同じように受けて育った先生たちが、まだ元気に働いていて生きていたという事実だけの、その懐かしさに胸を打たれる。それにしても廊下に立たせるということはいったい、そのことがいったいなんなんだろう、いったいなんの罰なんだろう。出会わない人も歩いていた廊下/小原由佳。廊下に立たせてひとりにさせる、ひとりになって反省しなさい、と教師は言っているのか、しかし廊下に何度も立たされたわたしがいまおもいだしてハッキリしてくるのは、廊下にひとりで立ったときの開放感だった、四組ほどある教室が一列に並んで廊下に出ているのはひとりだけで教室からは授業している声が聞こえている習字を墨で書いたものも貼ってある教室をわたしは廊下に立ちながら他の教室の様子をすべて回って見に行ったことまでありありとおもいだされてくる。他の教室をのぞきこむと廊下側の席の子と目が合う、わたしは扱いにくい子どもだっただろうがそんなことはわたしの知ったことではない、学校の教室という画一的な空間からの開放感、というようなことは大人になってあとから適当に理解してそんなもんだろうとことばにしてしまうもので、実際に廊下に出されたときの嬉しさ、たのしさやワクワク感は理解しようとしても手づかみする魚のようにすり抜けてうまく捕まえられない。前句付という川柳の源流に立つとき、許されたあとも立ちたい良い廊下/雨月茄子春、は、そのようなわたしたちの記憶、もしくは、『ドラえもん』のなかでのび太くんがサブリミナル的になんども廊下に立たされる、そのような固有名詞によって想起されるわたしたちの想像の空間を前句にしている。廊下に立たされるという辛いとおもわれる記憶の、経験として幸福な部分、そのようにのび太くんの経験もあるだろう、わたしも辛いものだとおもいこんでいた。雨月茄子春の前句へのアプローチは、そのように明るい。先入観によって暗くおちこんだ記憶を捻じ曲げてできるサイリウムのような光だ。いや、捻じ曲げずとも元々明るかった、そのような明るさに気付かされるのだとおもった。暗い廊下に立っている自分を覚えているが、「許された」ときのことを覚えていない。わたしはこの句の明るさに、わたしの子ども時代が許されたような気もした。べつになにに対してというわけでもないのだけれど。第42回吉野ヶ里川柳大会、題「許す」天位句(藤田めぐみ選)。
カラダにピース。(大好きでしたな)カラダピス
例として「おみごと」などが挙げられる
考えないことにしてから繁栄した