SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

英和大辞典を重石にして漬けたきゅうりを齧りながら、国家テロの結果を流していく春は忙しい。

湊圭伍『そら耳のつづきを』(書肆侃侃房 2021)

まず目を引くのは長律、定型を大きく超えて伸びてゆく文体です。
これを一句の川柳としてどう受け取ればよいのか、戸惑う方もおられるのではないでしょうか。
例えば過去には墨作二郎(1926-2016)に、こうした試みもありました。

埋没される有刺鉄線の呻吟のところどころ。
秩序の上を飛んでゐる虫のきらめく滴化

『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房 2020)より

墨作二郎の句が、長律によって硬質な詩的密度を生み出しているのに対し、この句は、日常語の弛緩した流れそのものに不穏さを潜ませています。
「英和」大辞典が漬物石になり、その重しの下で漬かったきゅうりを齧る。「ポリポリ」という手元の近い音のかたわらを、「国家テロの結果」が、水のようにさらっと「流されて」ゆく。
「春は忙しい」というのに、そこに漂う空気はどこか長閑です。
近いものと遠いもの、軽いものと重いもの、意味と無意味が、妙に落ち着いた顔で隣り合っています。

何となくガス臭い。そう感じて周りに訊いても、そんなことはないと言われ、一旦は納得する。
それでも、やはりどこかがおかしい――この句のまわりには、そんな居心地の悪さによく似た空気が漂っています。

意味をひとつずつ確定するより先に、何かがおかしいという感覚だけが残る。
その消えない異臭のような違和感を、まずは味わいたい一句です。