SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

うっすらとほほえんでいる斧である

八上桐子『hibi』(港の人、2018年)

ひらがな主体の表記の中で、「斧」という一字だけが冷たい硬質感を放ち、句に異様な重みを与えているように思います。
柄の先にある厚く重い刃を思い浮かべると、そこにはどうしても暴力の気配が漂います。
しかし、その斧は「ほほえんで」いるようです。

ところが、その微笑みの質は最後まで決まりません。
静かな慈愛なのか、あるいは微かな冷笑なのか――「うっすらと」という副詞が、どちらにも読める余地を残しています。

そして、この「うっすらと」は、句の本意へ一直線に到達することを拒んでいるようにも感じます。
読者が意味に触れようとするたび、その「うっすらと」が輪郭を曖昧にしてしまう。まるで透明な壁の向こうに、微笑む斧が置かれているかのように。

また、「斧」という字に潜む「父」の文字や「である」という文語調の締め方も相まって、権威や男性社会の気配を感じ取るかもしれません。
ただ、この「である」はどこか仰々しく、むしろ、その仰々しさがかえって滑稽味を生んでおり、そうした社会的な気配すら軽みへと変えてしまう印象もあります。

暴力性と静けさ、狂気と可笑しさ――そのどちらにも決めきれない「うっすらと」という曖昧さが、この句をいつまでも読者の前に留め続けます。
句集に並ぶ流麗な作品群の中で、この句はやや異質で、独特の存在感を放っています。
作家の多面性や奥行きを感じられる、見逃せない句だと思います。