SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

豆と男を一緒に煮ると夜になる

樋口由紀子『セレクション柳人 樋口由紀子集』(邑書林 2005)

 や、どうも、豆でス。男と煮られました。まったくヒドい話で。男と煮るて。男すよ。煮るもんじゃないでしょうが普通。煮てたのは誰だったか?女だったか? って知るわきゃないでしょーが!鍋の外のこと。見えませんし。煮られてんですから、こっちは。や、おかげですっかり、夜ですよもう。冷めましたよ。ひえひえっすわ自分。冷し煮豆っすわ。え?男? や溶けたんじゃないですか。すっかり煮汁に溶け出しちゃって、ヤワですわー、しょせん男なんて。

 失踪した友人の足跡はここでパタリ途切れている。はたして、鍋の中の旨そうな煮豆を口に運んでいいものか……悩んでいるうちに夜が明けちゃうぞ。

豆豆豆豆

猫消えて鏡の中は木曜日 
『セレクション柳人 樋口由紀子集』(p.82)

 樋口由紀子集の中でこの句がいちばん好きだ。
 まず、鏡に映った猫チャンがかわいいのだけれど、かわいいがっている間に猫チャンはすでに去ってて、ワタクシはまた、木曜日の中に取り残されてしまった。ワタクシは、妻に、友人が煮豆の煮汁に溶けてしまったことを伝えなくてはいけないのに、ずっと伝えられていない。妻を傷つけたくないから。自分自身も傷つきたくないから。話しを切り出すことができない、まま木曜日がきて、また木曜日がきて、また木曜日がきて、また木曜日がきてしまう。猫チャン、は、どこに行った?

猫猫猫猫

 朝、出社準備中の妻に、
「ねえ」とひとまず言ってみる。
「なに?」と妻は返し、鏡に映ったワタクシを見る。えっと今日は何曜日だっけ。猫チャンどこに行った? 猫チャン、はどこに、行った?
「ふとん」ああ、ワタクシは……。「ふとん固くなっちゃったから替えたいって言ってたよね、あさって買いに行こうか」と尋ねると、妻は、
「いい。アマゾンで買うから」アマゾンで買うのか。
 妻が出勤してゆくと、ワタクシは、ペシャンコの湿気たせんべい布団にごろーんと横になる。こんなのでもふとんはいつだって、床よりは柔らかい。ごろにゃーん。きっとまだ、鏡の中は木曜日。

ふとんふとんふとんふとん

私小説ふとんはいつもやわらかい 
『セレクション柳人 樋口由紀子集』(p.11)