SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

脱衣箱から手が出る 突き離される 裸

山本耕一路『川柳ジャーナル』通巻35号(1966)「同人作品」

脱衣籠ではない。脱衣箱。その閉塞。その閉塞から手が出る。おれの意図に先んじてその手がおれからひっぺがしたのはおれの衣服、ではないようだ。あの裸体。おれに背を見せつけながらとぼとぼ湯気香る扉へ向かっていくあれは、かつておれの所有だっただろうか。……向かっていく? 違う、あれは、あいつはそのような主体ではありえない裸だ。脱衣箱のなかで今おれは考えを整理するため、肉体のない姿勢をつくりなおす。そう、手が出たのだ、たしかに。そして突き離された、いや、突き離される、裸……はだか。裸と肉体とは違う、といったのは、あれは、安部公房だったか。肉体はその人の所有だが、裸は違うとか、うんぬんかんぬん。そういえばあれも箱にまつわる男の話だったっけ。ともかく今、あいつ、あの裸は一句の末尾へと突き離され(ああよかった、向かっていく裸じゃなくて)、おれは暗い脱衣箱のなかで愛でられている。おれを愛でる手。は、おれの手である。おれの手はおれの所有だ。しかしおれの──おれの?──裸はまだのんびりと湯ぶねに浸かっている、となるとあの裸についている手は誰の所有なのか。いやもう考えるのはよそう、ああしかしあいつがまだ肉体だったころのなつかしさ、なつかしさだよ。もうおれのではなくなってしまったあいつ。裸。その突き離された思い出を透かし視てみたくておれはおれから眼のない手を伸ばす。むろん箱も浴室の扉もきっちり閉ざされている。突き離される。裸。閉ざされた箱から手が出る。手が出る。ひっぺがすよりもむしろ突きあがってくるような脱出をくれる手。おれの。おれを。いつまでも撫でる手。