まちにはオイディプス空には駄作機
瀞鉄男「ママ・グランデの葬列――川柳一〇八句」
Q.あなたが現代川柳を知ったはじめの一句はなんでしたか?
――現代川柳はじめまして、まだ、日が浅いものでこれについては、よく、覚えています。
この108句というタイヘン長大な連作の1句目に置かれた句がそうです。そうです。
ゲンミツにいえば、この前に、「(一)E.S.P.」という章立てが配置されているのですよ。作者は何者かそしてこの作品が発表されたB.F.C.という場所がどこにあるのかについての細かな説明はここではハブかせて頂きます。ええ。
感想だけ、ね、この句の。連作ではなく、この句のですよね。ええ、モチろん。
「入り口」なんです。あるいは、カーテンがなびいている「窓」かも。
いずれにせよ、繋がっている先はおそらく、どこか不穏で混沌とした場所でしょう。
オイディプス王はソポクレースが残したギリシャ悲劇であり、いわゆるエディプス・コンプレックスという概念の参照元である。かつてはアテネの野外円形劇場で大衆たちの眼前で演じられたであろうかの劇ですが、この句の中では、けっして明るい場所じゃない、あらゆる街の、路上、路地裏、地下室、林の茂み、といった暗い場所で、個人個人がおのおのでおのおのの父親殺しの物語を演じている。そういった印象をモチました――不穏。やはり。
そして!なんと言っても!駄!作!機!!ってなに!なななな、なーに!ださく機!ってなんなの!調べても、辞書引いたのよわたし、見たわよ「だ」のとこ、ダダダダダダだ、駄作機って載ってないじゃない!辞書に!駄辞書!あ、いや、すいません、すこし取り乱しました。
鳥、見出しました。
そうそう、そういうワケで、この不穏な句を入口に、長く愉快な混沌108句の迷路に迷い込んだ幸運な迷子である私ですが、イマではこうして、結社に所属したりしてね。自分から不穏な踊りを踊っているのですから。フシギですよ。
面白いですか?面白いですよ。
それでは、
あなたが現代川柳を知ったはじめの一句はなんでしたか?