言の葉の父 青々と沖を指す
清水かおり 初出不明・「円錐」第百七号(二〇二五年十一月十五日発行)森下菊「清水かおりと「川柳木馬」」より引用
森下菊が俳句同人誌「円錐」第百七号(二〇二五年十一月十五日発行)に発表した「清水かおりと「川柳木馬」」は、この一句を、高柳重信の「沖に/父あり/日に一度/沖に日は落ち」と並べて読んでいる。川柳と俳句という別々のジャンルの句が、なぜ響き合って見えるのか。森下はその理由を、堺谷真人の言う「収斂進化」(異種の生物が、同様の環境下で似た身体的特徴に行き着く現象)を借りて説明する。清水の句と前衛俳句が似てくるのは、影響関係ではなく、高度経済成長という外的な圧力のもとで似た造形にたどり着いたからだ、という見立てである。
ここに、外山一機が「つぐみ」二〇二二年七月号に発表した「「ぼくら」に織り込まれた「わたし」―女が俳句を読むこと―」(『さよならの合図のあとで 俳句評論集(仮)』所収、https://note.com/t0yama_k/n/n429a6084f842)で立てた問いを重ねてみたい。外山が注目するのは、季語や定型を使うとき、私たちは「昔から皆が使ってきたのと同じ季語である」ことを、いわば証明しなければならないという手続きである。そして外山は、この「皆」が実質的には男性を指してきたのではないかと疑う。俳句の言葉の制度そのものが、男性の系譜への参入儀礼として機能してきた、という読みである。
そう考えると、「言の葉の父」という句の措辞は、ただの比喩には見えなくなる。それは当然のことながら、前衛俳句の一面の指導者であった高柳重信という一人の父ではなく、ことばの制度そのものの謂いとして読める。清水の句は、饒舌に意味を広げるのではなく沈黙によって求心力を保つ文体であることを、森下は指摘する。ここでも描写は「青々と」の一語だけが置かれ、説明は拒まれている。だが注意したいのは、句の動詞が「継ぐ」ではなく「指す」だという点だ。指すことは、継ぐこととは違う。名指し、対象化し、距離を取る仕草である。父の系譜へ越境し同化することを称える読みの手前で、句そのものはすでに、その系譜を名指して突き放しているのではないか。
だがここで、森下自身の批評の身振りにも目を向けておく必要がある。森下は清水を「木馬が生んだ『歌姫』」と呼ぶ。「生んだ」という動詞は、海地大破らの男性グループを産みの主体に、清水をその産物に置く構図をなしている。さらに森下は、『現代川柳の精鋭たち』の百句を読みながら「圧倒的な帝国軍に対して反乱を起こすジャンヌダルクのような面影を勝手に想像してしまう」とも書く。「勝手に」という留保をつけてはいるが、単身で帝国に抗う例外的な女性戦士というロマン化された型に、清水の像を流し込んでいることに変わりはない。擁護しようとする筆致そのものが、対象を神話化し固定する身振りと同時に進行している。とすれば、外山が名指した構造、すなわち俳句の言葉の制度が実質的に男性の系譜への参入儀礼として機能してきたという構造は、清水の句の外側、それを紹介する批評の言葉づかいのなかにも、なお生き延びていることになる。この一句をどう読むかという問題の手前に、清水についてどう書くかという、もう一つ別の課題が横たわっているだろう。