SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

愛のべっこう飴だけでいい

正岡豊 『ねむらない樹vol.6』(書肆侃侃房、2021)

何がいいんだ……と思ったら、あなたはもうこの句と縁ができてしまってる。そのまま、ぜひ寄ってきてほしい。この句は、もっと距離を詰めて読んでほしい句だから。
愛のべっこう飴だけでいいのである。べっこう飴は、ご存知の通り。黄金色の、お砂糖とお水で作る、昨今のなかでは素朴な飴だ。変わらない味と懐かしさで不変の良さを誇る。それで、そのうえで、愛のべっこう飴。愛の?
そう、「愛の」である。愛、どんな愛かはわからない。指定されていないから、わからなくて、だけどそれはそのぶん自由だということ。愛ってなんだ。自己への愛、他者への愛、ものへの愛、慈しみ、思いやること、あるいは忘れないこと。許すこと。考えること。思うこと。なんでもいい。あなたが愛だと思うそれそのものが、ここで言われる「愛」になり得る。そしてそれゆえに、誰もがこの「愛」を持つ。持っている。こんなの愛だろうか、と疑うとき、それも「愛」だと突きつけてくる。「愛のべっこう飴」だからだ。どんな形であろうとべっこう飴はべっこう飴なのだから、ここにきて「愛のべっこう飴」は「愛のべっこう飴」でなくてはならない。
そして、「愛のべっこう飴だけでいい」のだ。それはたしかに、あなたの持ちものだ。この句は、それを手渡しにきた。あなたもそれを持っていると、突きつけるためにきた。そうだろうか、と思ったらもう一度、声に出して読んでほしい。「愛のべっこう飴だけでいい」。そのとき、たしかに、あなたもそれを持っている。