どこまでも銀色銀を磨いても
久保田紺『銀色の楽園』(あざみエージェント2008年刊行)
磨きをかけて銀色の輝きを保つのも悪くないけれど、燻し銀を好むひとはけっこう多いだろう。色の変化を楽しめるのも銀のいいところ。ところで掲句の場合はどうやら銀色には納得できていないようだ。銀色に悔しさが滲むといえばメダルの色に象徴される順位付け。二番は微妙な位置である。
この句の作者の本名には“その次に位すること”を意味する漢字が入っていた。作者の書いたエッセイでも確かそのことに言及されていて「二番手くらいがちょうどよいのだ」と母親に言われていたとか。昔のことだから、女の子はそれくらいの位置にいる方が幸せになれるはず、という親心ともとれるがしかしこれは呪いでもある。
磨いても磨いても、銀は金には変化しない、
変化できない。銀はどこまでも銀のまま。
銀には銀の美しさが充分あるというのに、磨く、磨く。間違いなく美しい銀なのに、いつまでもずっとずっと悔しい。
句集のタイトルは『銀色の楽園』。
磨きをかけて、あえて楽園と名付けたその句集の最初の句は
そっと持つ 私のものでないらしい
金メダルは私のものではない。いちばん欲しかったものは私のものではない。銀色の楽園の入口で、やわらかく「私のものでないらしい」などとすっとぼけたふりをしてみせる。
久保田紺は、その悔しさに磨きをかけ続けることができた稀有な柳人だった。