少年は成長痛のうつわかな
飯島章友『成長痛の月』
奇妙な発想でありながら、どこか納得感がある句だ。「うつわ」と書かれると、まるで「少年」が痛みを感じるための装置のように思えてくる。ここには、ある種の逃れられない運命的なニュアンスを感じた。
また「〜かな」という語尾からは、みやびな印象を受けた。この痛みとポエジーの結びつきは一見奇妙に思えるが、少年(思春期)特有のマゾヒスティックさを思い浮かべると、案外納得できてしまう気もする。
この主体は、自身の過去(少年時代)を回想しているのだろうか。そう考えると語尾の柔らかさもあいまって、不思議と穏やかな読後感だった。