絶景を見に行く殴り倒しつつ
広瀬ちえみ『雨曜日』
「見に行く」の後にすかさず割り込んでくる「殴り倒しつつ」のインパクトが肝だろう。もし一字空けで前後を隔てていたらこの味わいは生まれなかったはずだ。
何を「殴り倒し」たのかは書かれていなくて、それは省略というよりも言葉足らずに見える。また、「絶景」が具体的に何なのか、山なのか海なのか摩天楼なのか、そのあたりも書かれていない。「絶景」はコマーシャルな言い回しでもあり、これから見ようとしているものを本人もまだよくわかっていないのかもしれない。
「殴り倒す」は単に危害を加えるだけでなく確実に相手を仕留める狙いを含んだ動詞だが、それを「しつつ」、つまり片手間でするのだとも言っていて、表現のベクトルがあちらこちらに向いている。なんだかいそがしい。
「絶景」(「絶」の字は、絶叫、絶縁など何かと物騒な印象を与える)や「殴り倒し」の表面的なインパクトの裏に、言葉の四肢がばたついている様子が見える。それは「絶景を見に行く」人のソワソワ感を体現しているのかもしれない。
掲出句は、句集『雨曜日』(文學の森、2020年)から。