たどり着くホテルの匂いするホテル
時実新子『1と2と3と4』(平成16年・川柳大学出版部)
ホテルに入るといつも少し緊張する。
一人の場合は勿論、複数人で部屋に入る場合でも。
緊張の原因は、そこが不特定多数の人間が入れ替わり立ち代わり使う空間だからかもしれない。とはいえ通常、直近の宿泊者の気配は消えている。見知らぬヒトの匂いなど、安いビジネスホテルであっても残っていた記憶は特にない。
掲句の「ホテルの匂い」とはどんなものか。
なんとなくわかるような気がする、ということがそもそも不思議で、無臭とはちょっと異なる、消毒液の匂いともやや違う、独特の、静かな匂い。入院するベッドの匂いと近いかもしれない。
体を休めることができる(はず)。
安全で静かな環境(のはず)。
それはまるで広々とした棺桶のようだ。
この句が妙なのは川柳という短い詩形の中に「ホテル」を二度も繰り返している点で、それにより一体どのような効果が生じるのか考えてみるに「ホテルの匂い」が強調されるということ以外は思い当たらない。
「ホテルの匂い」とはどんなものか。
死臭が発生する一歩手前の静けさ。
そこへたどり着くための徒労。
できれば一日中何もしないでベッドに横たわっていたい。
だが本当に何もせずにいられるだろうか。
部屋に閉じこもって眠り続けることができるだろうか。ホテルの匂いに、静けさに、同化した時、ちいさく死んで、ささやかに生まれ変わることができるのかもしれない