クレーの絵 おとなになつてからの夢
学級目標 [note/くたばつた蝉(川柳12句)] https://note.com/8a70_/n/nfe94af22a468
掲句の発話主体は、夢というものを「おとなになる前の夢」と「おとなになつてからの夢」に二分し、後者のみを一字空けののちにそのまま示している。その夢に具体性があるわけでもなく、特段評価をしているものではないが、どことなく寂寥の感を覚える。
大人になってから抱く夢は、どうしても現実との折り合いを要請されがちだ。いまから若返ることはできないし、せいぜい身体的・地理的・社会的要因などに規定された狭い範囲のなかで比較的現実的な目標を持つか、あるいは実現可能性がないとわかりながらフィクションのような夢を抱くか、どちらにせよこどもの頃のような無限の可能性を失った上での夢に過ぎない。
とはいえ、こどもの頃なら無限の夢を抱けていたのかというと、必ずしもそうではないだろう。こどもの頃に将来の夢を問われるのが苦痛だったという話を多く聞くが、それは特に「夢や目標を当然持っているはずだ」という前提で尋ねられることに対する嫌悪感が大きかったようだ。そこには世代ごとの価値観の違いも影響しているのかもしれない。言いようのない閉塞感が漂う現代において、夢や希望を誰でもが当たり前のように持つことは難しいのだろう。まして今や小学校入学とともにスマートフォンを買い与えられることも珍しくなく、インターネットという半ば”人生のネタバレ”へ容易にアクセスしうる環境で育つとなると、この傾向はますます進展していくのかもしれない。
ところでパウル・クレーの絵画作品というと、丸や四角がこどもの落書きのように並べられている異質な画面を想起するのだが、彼自身はいたって理論的に画面を構成し、主題を伝える意識を強く持った画家だったそうである。一見こどもっぽく見える画面にも大人の理論的な裏付けがある、というところに、幼少期から精神的成熟を要請されるようになった現代へのイロニーをそこはかとなく感じてしまう。