完璧な春になるまであとひとり
なかはられいこ『くちびるにウエハース』(左右社、2022)
「完璧な春」ってなんだろうか。
私は春が滅法好きで、特に四月の終わりが春の完成だと思っている。連句人としてあるまじきことを言うが、春の完成に桜はあまり重要ではなくて、空の色;雲;温度;光量がそれらしくなっていると言いようもない多幸感に包まれる。永遠にそこに佇んでいられるような、春に融けてしまいたいような感情さえ抱く。
対して「あとひとり」はコミュニティに使われる言葉だ。「定員まであと一人」「あと一人いれば麻雀できるのに」「このメンバーのG1 CLIMAXにあと一人入れるとしたら誰?」といった具合に。
つまり掲句では「環境」と「コミュニティ」がずれながら接続している。「完璧な春」に必要なのは時間ではなく人であり、「あとひとり」加わることで「コミュニティ」ではなく「環境」が完成する。「春」という「コミュニティ」、「ひとり」という「時間」が提示されている。普段出会わない言葉と言葉が一句の中で出会うことで、それぞれの違った顔が見えてくる。
結局、「完璧な春」とは何なのか、「あとひとり」とは誰が来れば良いのか、その想像に;あるいはわからなさに;耽るというのはなんとも贅沢で幸福なことだと思う。