SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

ぼくは口からアスパラガスを食べるひと

伊野こう「口からアスパラガス」

 突然ですが、わたしこと寝熊岩ひよりは、君に語りかける。語りかけさせてくれ、たまには。
 あなたは、とある飲み会で、たまたま隣同士の席になった初対面の人と飲みながら会話しているうち流れで互いの生い立ちなどに話題がおよび、
「あれ?あれれー?」「もしかして地元って○○ですか?」「小学校は?」「ワ、ワタシも同じです!」「えーっ!まじですかっ!」
などと地元が同じで、しかも小、中学校までまったく同じだったと判明した経験ってありますか。
 わたしは、ある。
 飲み会がおわり別れ際、ふと立ち止まって、彼は、
「あなたとはまたどこかで会う気がするのであえて連絡先は交換しないでおきましょう」と言った。
 その言葉どおり3年位たってまた偶然、再会した。水曜日のぶんぶんの前身である句会、水曜日のこんとん。わたしも彼も以前と違う名前を名乗って、川柳をはじめていた。

 さて、つい前置きが長くなった上に、ギャグのひとつもなくて申し訳なくなってきました。とりあえず今、クネクネと踊りながら書いています。仕事の合間に。やってられないですよね労働とか。できれば「なーんちゃって!違うか!!これにてプードル」でこの文章を締めたいと思っています。とくに理由はないんですけど。

 彼は、立ち止まる人であり立ち止まらせる人である。
 誰しもがあたり前にしている食事の途中ふと手を止め、僕って「口から」「食べる人」なんだと着想できる人であり、
「僕は口から」という冒頭部分を7音にすることで読者を一瞬立ち止まらせ、直後の「アスパラガス」に注目させる人だ。
 ところで、この句を読んでいると、アスパラガスを口から食べる方の人がいるなら、口からは食べない方の人も存在する気がしてくる。どちらも作者自身だと仮定すれば、伊野こうは二人いる。
 アスパラガスを口から食べない方の伊野こうはもしかすると、アスパラを壊さずにはいられず、語尾にガスとつけるかもしれず、ポニーテールの置き場所に困っているのかもしれない。どちらか片方の伊野こうにだけ、ゆっくりと花が咲いたに違いなく、二人そろって針に穴を通してなめろうみたいな青春を過ごしたはずだ。
 西瓜をつまみ食いしたのがバレかけ、口もとを隠して笑う二人の伊野こうたちよ、どうした?
 
こわさずにアスパラいられなかったガス(川柳EXPO2026柳「春になったら」)
ポニーテールの置き場所がない(水曜日のぶんぶん26/8/19)
ひとりだけゆっくり花が咲いている(ウィークエンダー蜂 26/4/12)
ぼくたちははりにあなをとおすから(水曜日のぶんぶん 26/7/15)
青春はなめろうだったみたいだった(水曜日のぶんぶん 26/7/15)
うぉーたーめろん 口もとかくしてどうしたボーイズ(水曜日のぶんぶん 26/8/19)

 あれ、それじゃあさ……あの日、飲み会で会ったのって一体どっちの――
 そこまで言ったとき、二人は重なり一人になり発光しながら消えてしまったのでした。あとには、どすこい汁粉だけが残されてて、わたしは泣いた。
 なーんちゃって!違うか!!これにてプードル
 いや、無理だわ。これじゃさすがに、ぜんぜん終われない。
 わたしは消えた伊野こうを探し続けた。あっという間に十年か百年か千年くらいの時が過ぎて、仕事も家族も失った。飼っていた亀にも裏切られ、わたしは、フットワークが明け暮れていた。ピンクは裏声未遂でしたし、百人になった日なたでくり返していて、このままたおれたらわたしが春の二の舞になる、と、アフロにしあげつつあったとき、とうとう見つけた。てんてんと続いていく、みたらしの跡だ。これを辿れば会えるはずだ。
 食べ物の近くにきっと彼はいる。
 そしたら、また川柳頂戴よ。立ち止まらせてくれ。立ち止まって。なんちゃって。これにて鳩の足。