夢自ら志願して正夢になる
佐藤移送『【川柳アーカイヴ2026SS】』(合同誌、2026年)
夢についての川柳であり、川柳が夢見たような一句である。この句の作者がわたしでないことに、悔しいような、嬉しいような気持ちがする。
〈正夢〉は、見た夢が現実になった夢のことだ。コトバンクには「事実と一致する夢。将来、それが現実になる夢」と書いてある。このとき、夢が「事実」に服従しているようなのが気に入らない。〈正夢〉は、現実の出来事から、それが夢で見たことを教わるようなのだが、実際のところ、覚えることができずに忘れてしまった無数の〈夢〉があり、現実のすべてが〈正夢〉ではないという保証はどこにもない。
不条理にも見える。〈正夢〉が、夢をみるひとの体験だとすれば、こちらの思惑とは関係なく、勝手に夢に〈志願〉されてしまっては困ることもあるだろう。悪夢が〈正夢〉になっては大変だ。しかし、不条理を書くには、分析的な方法でしかあり得ない。不条理の作家と言われる、ベケットやカフカもそうやって書いた。
現実の違和感から、それが夢で見たデジャヴであることに気づくのではなく、〈正夢〉であることは〈夢〉のほうが気づかせる。〈正夢〉は、言ってしまえば、夢の恩寵である。移送さんの句は、この〈正夢〉の感触を捉えている。句の全てが新鮮で、発見に満ちていて、読むたびに驚いてしまう。
どんな水に油を売っていたんだい
羊がいない 自分が一人、
りばあしぶるっと目覚める万華鏡