SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

いまはもう椅子は椅子ですアハハハハ

笠川嘉一(川柳作家全集・新葉館出版2010年1月20日初版)

「椅子」は川柳によく登場する。
(以前ある俳人の方に伺ったところ、俳句ではあまり頻繁に使われないとのことだった。)
そしてこの句は「喩」がテーマなのだろう。
比喩、隠喩、直喩、方法にもあれこれ種類はあるけれど文字数の限られた川柳だから、書き手は誰しも喩とはある程度手を組むしかないし、時には悪戦苦闘をしたりする。その悪戦苦闘の果ての爽やかな自嘲。

この句は句集の冒頭に置かれている。
「椅子は椅子」として川柳を詠むことの意思表明のように。句集には下記のような句もある。

鉄棒に肉体だけがぶら下がる

横へ伸びる鉄棒に対して、縦のラインのヒトの体。アルファベットの「T」の文字が浮かび上がる。無機と有機が交差しているこの句の主体はどこにあるのか不明だ。そしてそれで構わないということ。この肉体が生きていようと死んでいようとそれだってどうでもいい。一行の中には、ただ鉄の棒と「肉体だけ」。
ここにはなぜかこうなってしまっている現実の瞬間が切り取られている。なぜだかこうなってしまうということは、生そのものの状態ともいえる。

椅子であれ、鉄棒であれ、そこになぜかあるものを真っ直ぐに見つめる。
見つめ続けて句作をするとこんな川柳がうまれてくるよ、と作者は静かに微笑んでいるようだ。