SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

〈戦争は女の顔をしていない〉

川合大祐『ザ・ブック・オブ・ザ・リバー』(書肆侃侃房 2025)

まず、この十七音を、声に出して数えてみましょう。五・七・五、寸分の狂いもありません。
『戦争は女の顔をしていない』は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチがロシア語で書き、三浦みどりが訳した証言文学。
その日本語の題名が、はじめから五七五定型に収まっています。

『スロー・リバー』(2016)の「松島やああ松島や松島や」は、既存の「句」を引いていました。
『リバー・ワールド』(2021)の「山本リンダ」も、「かぎかっこ/やまもとりんだ/かっことじ」と括弧ごと読み上げて、ようやく定型に届きます。
ところが掲句は、引用の山括弧で借りてきた題名そのものが十七音、「書く」ことから「選び、囲み、置く」ことにまで退いています。

マルセル・デュシャンは「泉」で、工業製品の便器を美術の場へ移し、何が美術なのかを問い直しました。
この句の作者は、一冊の証言文学の題名を川柳の場へ移し、何が川柳なのかを問い直します。

アレクシエーヴィチは、戦後長く公に語られてこなかった、五百人を超える従軍女性の証言を、歳月をかけて聞き取り、選び、声の重なりとして構成しました。
つまりそのタイトルを選んだこの句は、レディメイドのレディメイド――選ぶという行為が、二重に折り重なっています。

デュシャンの便器は、もとの用途から切り離されました。
しかし、この十七音は、もとの書物から切り離しきれず、多くの声が貼りついたままなのです。