SENRYU REVIEW

それいゆるうぺ

「蜂」会員による一句評を掲載しています。毎日更新。

ベンジンベンジン、こちら夜の学校

榊陽子(「せんりゅうぐるーぷGOKEN」第124号)

 十七音くらいしか持ち時間ないよって言ってるのに、そのうち八音を四音+四音の反復した呼びかけにしている。ここに切実さを感じずしてなんとしょう。つづく「こちら~」と言い、この句はどこまでも呼びかける相手を必要としている。つまりこの句には、おれの居どころがいつもある。
 ベンジンは工業用のガソリンの一種で、揮発性・可燃性が高い。常温では無色透明、特有の臭気を持ち、水にほとんど混ざらない。主に機械洗浄や染み抜き、シール剥がしの溶剤として使われるほか、ハクキンカイロの燃料としても利用される。引火点は-40℃以下、強い眼刺激性や長期間のばく露による多発性神経障害、軽度の皮膚刺激性、吸引性呼吸器有害性などの有害性がある……以上三協化学さん(https://www.sankyo-chem.com/news/post-1544/)からの引用。このくらいの具体的な危うさが、句の底をどこまでも深くする。熱といい匂いといい、なんだか夜に近づいてくかんじ。これが「夜の学校」を、すっと納得させている。
 また知らずに読んでも、ベンジンベンジン、という反復の音はどこか心地いい。玄関のブザーが鳴る音みたいな。それをそれと知らないで聞いていたとき——胎内で、子宮の壁やお腹ごしに聞いていた時のような聞こえ方がする。そのころの拠り所のなさ、いいやそのころというか本質的な拠り所のなさ。が、響きの中で思い出される。まるはだかにされる。けれどもうそのころみたいにはひとりじゃない。いまはこの句が呼んでくれている。
 呼ばれた先が、夜の学校。夜間学校と読んでもいいし、夜そのものを扱う専科と読んでもいい。そこにはどんなさびしさを持つ人でも行ける。横暴な昼の中に行き場のない人みんな、そこになら居どころがある。寒くて暗い夜、ハクキンカイロいっこ分の熱をもらって、おれらは夜の学校に集まる。話ははずむまい。ただ夜を座っているだけになると思う。それでもひとりで座ってるよりはいくぶん、いくぶんかましだ、ってことが、どれほど得がたいか、っていう、さ。
 ことばを無くす時間のための一句。ぜひいちど、あなたの夜の中で、声に出して読み上げてください。